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『銀の匙』 大人になるということは いろんなことを忘れるということだ

『銀の匙』中勘助

銀の匙 (岩波文庫)

銀の匙 (岩波文庫)

この本は、かの夏目漱石が「未曾有の秀作」として絶賛された名作と聞き手に取った。
私にしては珍しい文学作品である。

この本は、主人公が、「銀の匙」を見つけるところから始まる。
その匙は、主人公がまだ幼く、身体が弱かったころ、
大人が薬を飲ませるために使っていたものだ。


しかし、主人公はそのことを忘れてしまっている。


そして、主人公がその匙の世話になっていたころの、
幼き日々の描写へと、物語は展開する。



人は、大人になって振り返ると
幼い子供が、幼いなりに、日々、考え悩んだりしていることを忘れてしまっている。
大人にとっては小さなことでも、子供にとっては大きな問題だ。
今覚えていると思っているできごとも、それは自分にとって都合のいいことだけなのかもしれない。

私にもそれはあったであろう。
主人公は、銀の匙と出会い、ふとそれを思い出す。


そのくせ、子どもは大人たちが、どんなに自分を温かく包んでくれているかを知らない。
それはたぶん、子どもが思うよりずっと、温かく、大きくて、大きすぎて見えないんだろう。

私は今や、一人で大きくなったような顔をして歩いている。



この本では、細やかな描写で、
子どもの背延びっぷりとそれを取り巻く大人たちの温かなまなざしとの両面が描かれていて、
暖かい気持ちが湧き出るような、また、包み込まれるような不思議な気持ちになる。


この本を読んでいると、私のモノクロな子供時代も、彩りも華やかに、
温かく塗り替えてくれそうな気がした。
私もきっと、暖かな人びとに包まれていたに違いないのだ。