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本を読んで社会をのぞき見

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番外編:つながるということ

雑記

長年続けていたFacebookをやめた。

特に、何の変化もない。

 

元はと言えば、Facebookにつながりを求めて始めたんだし、

 

確かに、つながっているような気もしていたのだけど、

 

そのつながりは、

 

なくてもさほど気にならない程度のことだったんだな、と思う。

 

Facebookだと、Facebookで友達と登録した人に、設定で変えられるとはいうものの、同じ内容が公開される。

 

だから、メールとは違い、

誰か一人を相手として想定した文章ではなく、

公の場という意識なしには、何かを書くことができない。

 

つながりの数が増えれば増えるほど、

書く内容は、一般化された、八方美人的なものにならざるを得ないのだ。

 

そうして、

Facebookでのつながりは、

広がれば広がるぼど、

とてもうすーいものになってしまう。

 

 

その上、広がり始めたつながりは、

また、その先へと広がり続けるのだ。

 

うすーいつながりなら、いらないかな。

 

そうはいっても、

私がここでブログを書いているのも、

誰かに読んでもらいたい、私を知ってもらいたいという

 

一方的なつながりを求めて始めたことだ。

 

うすーいつながりはいらないと言いつつも

ここは、続けていきたいと思う。

 

ほそぼそと、一方的に自分の思いを放りっぱなしにしてるだけなんだけど、

私にはちょうどいい

つながりたい思いの放出方法なんだろうな、と思う。

 

人との間に距離を置いて、一人になるための壁を作るために始めた読書で、

本を通して、誰かとつながろうとしているなんて

私は、ほんとに遠回りが好きな、あまのじゃくなやつだ。

 

 

  つながろうとしなくても、つながれる人とは、

自然につながれるもの。

 

そうだ、今年の目標は自然体、だった。

つながりだって、自然でいいのだ。